東京高等裁判所 平成9年(行ケ)182号 判決 1998年12月15日
千葉県千葉市中央区亀井町15番21号 鎌田荘2階
原告
中村昭郎
訴訟代理人弁護士
山本隆司
同
石塚英一
兵庫県尼崎市東本町1丁目50番地
被告
ユニチカ株式会社
代表者代表取締役
勝匡昭
訴訟代理人弁護士
品川澄雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成8年審判第7360号事件について平成9年6月13日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「固体の積層を均一的に行う方法」とする特許第1391715号発明(昭和52年4月22日出願、昭和61年12月10日出願公告、昭和62年7月23日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成8年5月13日、本件発明のうち、特許請求の範囲第2項に記載された発明(以下「本件第2発明」という。)の登録を無効とすることについて審判を請求をした。
特許庁は、この請求を同年審判第7360号事件として審理した結果、平成9年6月13日、本件第2発明の登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は、同月30日原告に送達された。
2 本件第2発明の要旨
分散系中の固体を分離して積層させるに材質が金属、鉱物、炭素、動物或いは植物性物質、合成樹脂又はその他の無機或いは有機物質等からなり、断面が円、楕円、卵形、三角形、矩形、花びら形その他種々の多角形をなしていて、且つ使用の際変形しない強度を有する線状物を材料として製られ、而して線状物相互の間隔は線状物の太さの1倍(平均)以上を有する立体的不規則的網状構造のろ材或いは上記のろ材の表面を網で覆ったろ材或いは上記それらのろ材の内部に流出管が開口している構造のろ材を用いてろ過を行う際、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行うことを特徴とする固体の積層を均一的に行う方法。
3 審決の理由
審決の理由は、別紙1審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり(ただし、審決書8頁19行の「1.0ml」は「1.0l」の誤記であり、同12頁2行の「甲第2号証」は、「甲第3号証」の誤記であることは、当事者間に争いがない。)、本件第2発明は、本訴における甲第3号証(以下「引用例1」という。)及び甲第5号証(以下「引用例2」という。)から容易に想到し得ることであって、本件第2発明についての特許は、特許法123条1項2号の規定により無効とすべきであると判断した。
4 審決の認否
審決の理由Ⅰ(手続の経緯・本件第2発明の要旨。審決書2頁3行ないし3頁3行)、同Ⅱ(特許無効審判請求理由の概要。審決書3頁5行ないし15行)は認める。
同Ⅲ1(審決書3頁17行ないし6頁17行)のうち、引用例1の記載事項の認定(審決書4頁1行ないし末行)、及び引用例2の記載事項の認定(審決書5頁1行ないし6頁9行)は認め、その余は争う。
同Ⅲ2(対比判断。審決書6頁19行ないし12頁15行)のうち、一致点・相違点の認定(審決書6頁19行ないし7頁8行)、相違点(1)についての判断(審決書7頁11行ないし8頁11行)、及び特許法167条についての判断(審決書10頁17行ないし12頁15行)は認め、相違点(2)についての判断(審決書8頁13行ないし10頁16行)のうち、8頁13行ないし9頁8行は認め、その余は争う。
同Ⅳ(まとめ。審決書12頁17行ないし13頁3行)は争う。
5 審決の取消事由
審決は、相違点(2)についての判断を誤ったため、本件第2発明に進歩性がないと誤って判断したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
(取消事由)
審決は、「甲第1号証(引用例1。本訴甲第3号証)のろ過方法にあって、「積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」ことは当業者が容易に想到し得ることであって、この点に格別の技術的創意工夫がなされたものとすることはできない。」(審決書10頁11行ないし16行)と判断するが、誤りである。
(1) 本件第2発明の内容
本件第2発明の目的ないし意図した効果は、固体の均一的積層であり、そのための手段として、積層する固体の表面にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれないようにすることを採用したものである。すなわち、本件第2発明では、固体の均一的積層が引用例1に記載のろ材(以下「本件ろ材」という。)の特性(目詰まりの防止→定常状態)に必要な条件であるとの知見に基づき、固体の均一的積層をその目的としているものである。
(2) 引用例1の目的・効果との差異(固体の均一的積層)
審決は、「甲第1号証(引用例1。本訴甲第3号証)開示のろ過方法にあっては、終始一定速度でのろ過(「定常状態」)を行なうことでろ滓(沈殿物)を均一に積層しようとするものである」(審決書9頁9行ないし12行)と認定するが、誤りである。
引用例1の発明の目的ないし意図した効果は、ろ過の際に生ずる目詰まりによるろ過能率低下又はろ過続行不能を起こさないことによって、ろ過は始めから終わりまでほとんど流速に変化なく一定速度で行われること(定常状態)である。固体を均一に積層することは、引用例1の発明の付随的効果にすぎない。
すなわち、引用例1(本訴甲第3号証)に固体の均一的積層の点が記載されているのは、「この様に本発明に係るろ材は従来のものとは全く異りろ過を迅速に極めて能率的に且つ精密に行える利点を有し、・・・更に述べれば本発明に係るろ材を使用して得たろ滓換言すれば沈殿物は均一に積層しているので分散媒による洗滌は非常に能率的に行い得るし」(4頁右下欄7行ないし14行)との箇所のみであるが、ここでは、目詰まりの防止→定常状態という目的ないし意図した効果のために作出された引用例1の発明に、偶然に固体が均一的に積層するため洗滌が容易になるという付随的効果がある旨記載されているにすぎない。本件ろ材によるろ過の原理が判明していない状況においては、上記引用例1の記載を見た当業者は、固体の均一的積層は引用例1の発明の付随的効果にすぎないと考えるのが通常であり、固体の均一的積層が引用例1の発明の目的である定常状態の必要条件であるとは思いつかないものである。
(3) 引用例1からの推考困難性(ろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にすること)
審決は、「ろ過する際に、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれるようであれば、そのようなろ滓(沈殿物)を均一に積層することを前提としたろ過を望むべくもないので、積層する固体の表面付近でのろ過の流れに、ろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にすることは、甲第1号証(引用例1。本訴甲第3号証)の記載内容から当業者が容易になし得ることである」(審決書9頁12行ないし20行)と認定判断するが、この点の認定判断も誤りである。
固体の均一的積層のために積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれないようにすることが必要であることは、固体の均一的積層が吸い寄せ効果という極めて弱い力によるものであることが判明している現時点においては自明であるとしても、そのような吸い寄せ効果や本件ろ材によるろ過原理が判明していない本件第2発明の出願当時においては、当業者が容易に推考できることではない。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 認否
請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 固体の均一的積層
引用例1の特許請求の範囲だけでなく、発明の詳細な説明及び図面によれば、引用例1には、ろ過は始めから終わりまでほとんど流速に変化なく一定速度で行われ(定常状態)、ろ材は目詰まりを起こすことなく、また、ろ滓(沈殿物)を均一に積層することのできるろ過方法が開示されている。
この記載によれば、定常状態でのろ過のために固体の均一的積層が必要であることは、当業者が容易に想到できることである。
(2) ろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にすること
また、引用例1(本訴甲第3号証)の第3図及び第4図(別紙2参照)によれば、本件ろ材を備えた装置には、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが生じるような構成は全く存在せず、そのろ過方法の説明においても、ろ液の流出はコックの調節に従って常に定常状態の流速で全量が流出することが示されている。
したがって、引用例1には、まさに本件第2発明における積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれないようにして行う構成が示されている。
引用例2にも、引用例1と同じろ材を使用し、引用例1と同じろ過方法のものが記載されている。
したがって、引用例1の発明において、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれると、積層する固体が乱され、固体を均一に積層することができなくなることは、引用例1に接する当業者が容易に理解できることである。
(3) 引用例1からの容易推考性
原告は、本件第2発明のろ過原理が解明されていないことを容易推考でないことの理由として主張するが、仮に本件ろ材によるろ過の原理か解明されていなかったとしても、引用例1に本件第2発明と実質的に同様の発明が記載されている以上、ろ過原理の未解明が、引用例1に記載されたろ過方法に基づいて当業者が本件第2発明を容易に想到することを困難にするものではない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件第2発明の要旨)及び同3(審決の理由の記載)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由Ⅲ1(審決書3頁17行ないし6頁17行)のうち、引用例1の記載事項の認定(審決書4頁1行ないし末行)及び引用例2の記載事項の認定(審決書5頁1行ないし6頁9行)、並びに同Ⅲ2(対比判断。審決書6頁19行ないし12頁15行)のうち、一致点・相違点の認定(審決書6頁19行ないし7頁8行)、相違点(1)についての判断(審決書7頁11行ないし8頁11行)及び特許法167条についての判断(審決書10頁17行ないし12頁15行)は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由(相違点(2)についての判断の誤り)の有無について検討する。
(1) 本件第2発明の概要
<1> 甲第2号証によれば、本件明細書には、本件第2発明の目的、構成、効果として次のとおり記載されていることが認められる。
[目的]
「本発明は本発明に係る固体の積層を均一的に行う方法に使用するろ材(昭和50年特許願第004574号(注・本訴における引用例1の発明)、同第111814号)(以下本ろ材と記す)の特性をより確実に且つより円滑に発揮せしめてろ過を行うことにより分散系中の固体の積層を均一的に行えることを特徴とする新規な固体の積層を均一的に行う方法に関するものである。」(2欄27行ないし3欄4行)
「本発明は本ろ材の特性をより確実且つより円滑に発揮せしめて固体の積層が際立って均一に行える効果を有し、既述の従来技術のもつ欠点を解決したものである。」(3欄19行ないし22行)
[構成]
本件第2発明は、発明の要旨に記載の構成を採用したものである。(1欄15行ないし28行)
[作用効果]
「本ろ材の一般的特性のうち主要なものを挙げると次の如くである。
ⅰ ろ過は終始一定速度で行おれる(この現象を発明者は定常状態と呼んでいる)。この際、ろ材の“目”・・・より小さい粒子迄も保持する。
ⅱ ろ過しようとする分散系に対し大なるⅰ記載の効果を有する規格の本ろ材を用い、分散系を直接に通過させると最初通常ろ過と同じろ過が進行するが暫時にして回復し得て即ち復元し得て、独特の効果を発揮して定常状態を形成する。・・・
ⅳ ろ過はろ滓が本ろ材表面に密着しないで行われるので、ろ滓は本ろ材内部に入り込まず、従って終了後のろ滓の剥離は簡単で反復使用が出来る。」(3欄23行ないし42行)
「(本件第2発明に対する説明)本ろ材を使用中、例えば分散系を直接に積層しているろ津に衝突せしめるとろ津が飛散したり、積層状態に乱れを生じ、定常状態を形成してのろ過が行われなくなる。これは積層するろ滓附近のろ過に伴って生ずる流れ以外の流れにより、本ろ材がその独特の効果を発揮するのを妨げられていることを示している。本発明はこの様な知見に基づくものである。」(4欄19行ないし27行)
<2> 以上に認定の本件明細書の記載事項によれば、本件第2発明は、本件ろ材によるろ過が確実に行われるためには、ろ材の上への固体の積層が均一的に行われることが必要であり、その固体の積層が均一的に行われるためには、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれないようにして行うことが必要であるとするものである。
(2) 取消事由(相違点(2)についての判断の誤り)について
<1> 引用例1に開示のろ過方法にあっては、ろ過は、第3図及び第4図(別紙2参照)に示された分散系を導入するためのタンクを備えたろ過装置を用いて行われており、その実施例においては「分散系を上記と同じろ過装置(別紙2第3図参照)を用い且つろ過装置の流出管の途中に備えられたモール氏コックを調整して流出速度を毎分約1.0lとしたことろ微かに濁った淡黄色ろ液が定常状態で得られ全量がろ過された」・・・と記載されているように、ろ過手段として、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれないようにして行うことの積極的記載はないものの、逆に、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれるようなろ過方法が記載されているものでもないこと(審決書8頁13行ないし9頁8行)は、当事者間に争いがない。
そして、甲第3号証によれば、引用例1には、「本発明に係るろ材によりろ過が行われる原因となる効果即ちこの効果はろ滓をろ材表面に密着せしめない効果で、それはろ材表面から外部にまで及んでいることを示している。」(2頁左上欄16行ないし20行)、「ろ過は初めから終わりまで殆ど流速に変化なく一定速度で行われる(この現象を発明者は定常状態と呼んでいる)」(2頁左下欄7行ないし9行)、「本発明に係るろ材を使用して得たろ滓換言すれば沈澱物は均一に積層しているので分散媒による洗滌は非常に能率的に行ない得る」(4頁右下欄11行ないし14行)と記載されていることが認められる(一部は当事者間に争いがない。)。
<2> 以上の説示の引用例1の記載内容によれば、引用例1には、定常状態によるろ過のためには固体の均一的積層が必要である旨の記載はないが、定常状態によるろ過が行われた場合の効果の1つとして固体であるろ滓の均一的積層及びそれに伴う洗浄の容易さが記載されているものであるから、当業者が、引用例1の記載に基づき、引用例1の発明における定常状態によるろ過のためには、ろ滓が均一的に積層される必要があると想到することは容易であると認められる。
さらに、ろ滓が均一的に積層するためには、追加流入する分散系が本件ろ材に直接衝突してろ滓が飛散したりして、積層状態に乱れを生じないことが必要であることは、引用例1には、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれないようにしてろ過を行うろ過装置が記載されており、かつ、引用例1の発明のろ過原理の詳細が知られていなかったとしても、固体の均一な積層のためには上記追加流入する分散系の衝突等が望ましくないことは技術常識に属すると認められることによれば、当業者が容易に想到し得たことと認められる。
<3> 原告は、固体の均一的積層は付随的効果として偶然記載されているにすぎない旨主張するが、上記説示のとおり、引用例1には、ろ滓の均一的積層の点が引用例1の発明の構成から生じる効果として記載されているものであり、これを偶然記載された付随的効果とみることはできず、原告の上記主張は採用することができない。
さらに、原告は、固体の均一的積層のために積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれないようにすることが必要であることは、固体の均一的積層が吸い寄せ効果という極めて弱い力によるものであることが判明していない本件第2発明の出願当時においては、当業者が容易に推考できるものではない旨主張するが、上記説示のとおり、ろ滓の均一な積層が必要であることが判明すれば、追加流入する分散系の衝突等が望ましくないことは、吸い寄せ効果が知られていた否かにかかわらず、引用例1の記載及び技術常識により直ちに理解することができることと認められるから、原告の上記主張も採用することができない。
<4> したがって、審決に原告主張の誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年12月1日口頭弁論終結)。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
平成8年審判第7360号
審決
兵庫県尼崎市東本町1丁目50番地
請求人 ユニチカ株式会社
東京都渋谷区神泉町11-7 セロンビル6階 品川法律特許事務所
代理人弁理士 品川澄雄
千葉県千葉市中央区亀井町15番21号 鎌田荘2階
被請求人 中村昭郎
東京都港区虎ノ門1-2-29 虎ノ門産業ビル401 丹宗山本法律特許事務所
代理人弁理士 山本隆司
東京都港区虎ノ門3丁目1番10号 第2虎ノ門電気ビル 高月国際特許事務所
代理人弁理士 高月猛
上記当事者間の特許第1391715号発明「固体の積層を均一的に行う方法」の特許無效審判事件について、次のとおり審決する.
結論
特許第1391715号発明の明細書の特許請求の範囲第2項に記載された発明についての特許を無效とする.
審判費用は、被請求人の負担とする.
理由
Ⅰ、手続の経緯・本件「第2発明」の要旨
本件特許第1391715号は、昭和52年4月22日に出願され、昭和62年7月23日に設定登録がなされたものであって、その特許請求の範囲第2項に記載された発明(以下、本件「第2発明」という)は、次のとおりである。
「分散系中の固体を分離して積層させるに材質が金属、鉱物、炭素、動物或いは植物性物質、合成樹脂又はその他の無機或いは有機物質等からなり、断面が円、楕円、卵形、三角形、矩形、花びら形その他種々の多角形をなしていて、且つ使用の際変形しない強度を有する線状物を材料として製られ、而して線状物相互の間隔は線状物の太さの1倍(平均)以上を有する立体的不規則的網状構造のろ材或いは上記のろ材の表面を網で覆ったろ材或いは上記それらのろ材の内部に流出管が開口している構造のろ材を用いてろ過を行う際、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行うことを特徴とすろ固体の積層を均一的に行う方法」
Ⅱ、特許無効審判請求理由の概要
請求人・ユニチカ株式会社は、以下の理由を挙げ、本件「第2発明」に係る特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効にされるべきものである旨主張する。
(イ)本件「第2発明」は、甲第1乃至4号証に記載されな発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に違反する。
(ロ)本件「第2発明」は、甲第1乃至3号証の記載内容に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反する。
Ⅲ、当審における判断
上記理由(ロ)について検討する。
1、甲第1号証及び甲第3号証
本件出願前頒布されたことの明らかな甲第1号証刊行物(特開昭51-80067号公報)には、分散系中の固体を分離して積層させるに、材質が、金属、鉱物、動物或いは植物性物質、合成樹脂等からなり、断面が、円、楕円、卵形、矩形その他種々の多角形をなす線状物(第1頁左下欄第5~10行)からなり、線状物相互の間隔(約2~5mm)が線状物の太さ(約0.5mm)の4~10倍(第3頁右上欄第7~10行)の立体的不規則的網状構造のろ材或いはそのろ材の表面を網で覆ったろ材(第1頁左下欄第5~10行、第5頁左上欄第7~12行及び第1~4図)を用いてろ過を行う方法であって、ろ過は初めから終りまで殆ど流速に変化なく一定速度で行なわれ(「定常状態」)、ろ材は目詰まりを起こすことなく、また、ろ滓(沈殿物)を均一に積層することのできるろ過方法(第2頁右上欄第6行~第3頁左上欄第7行、第4頁右下欄第11~14行、第3頁左上欄第8~第4頁左下欄第15行)が開示されている。
同じく、本件出願前頒布されたことの明らかな甲第3号証刊行物(特開昭52-41968号公報)には、「動物或いは植物性物質、鉱物、合成樹脂等から製られた線状物を立体的不規則に幾重にも編み上げたろ材(特許願提出:昭和50年1月7日、出願番号50-004574)を装置したろ過装置により・・・新規なろ過方法」(第1頁左下欄第5~11行)と記載されているとおり、ここでは、上記甲第1号証(特願昭50-4574号の公開公報)におけるろ材とその構成が同じ或いは類似したろ材を用いた分散系のろ過方法が開示されていて、具体的には、「分散系を上層の水と共に第1函に示す如き本発明に係るろ過方法によるろ過装置に入れ、モール氏コックを調節して流出量を毎分約20mlとするとろ過として完全に澄明なクロロホルム溶液が得られ定常状態を形成して全量がろ過された。・・・尚、本実施例に於て流出量を毎分約50mlとすると乳化液は乳化したまま流出したが毎分約30mlとすると今迄乳化したまま得られていた流出液は忽ちにして完全に澄明なクロロホルム溶液が流出液として得られた」(第3頁左上欄第2~18行)と記載され、そのようなろ過を行なうことで、「ろ材の目詰まりに起因するろ過困難或はろ過続行不能を起こすことなく初めから終りまで終始一定速度でろ過することが出来る(「定常状態」)」(第1頁左下欄第19行~同右下欄第1行)ことが併せ記載されている。
これは、即ち、甲第3号証開示のものにあっては、甲第1号証におけるろ材とその構成が同じ或いは類似したろ材を用いて「定常状態」でのろ過を行う場合には、分散系を予め第1図に示すろ過装置のタンク内に充填したうえで、下部に位置するモール氏コックを適宜開度調整してろ過を行なう手段が有効であることが開示されているものである。
2、対比判断
本件「第2発明」と甲第1号証開示のろ過方法を対比すると、両者は、以下に示す点で一応相違し、その余の点で一致する。
(1)線状物について、前者は「使用の際変形しない強度を有する」としているのに対し、後者はそのような記載がなされていない。
(2)ろ過する際、前者は「積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」としているのに対し、後者はそのような記載がなされていない。
そこで、これら相違点について検討する。
[相違点(1)について]
甲第1号証開示のろ過方法にあっても、本件「第2発明」と同様、終始一定速度でのろ過(「定常状態」)が行なわれること、また、その結果、ろ滓(沈殿物)が均一に積層することからみて、そこで用いられている線状物が使用の際変形するようなものでないことはこれら記載から自明といえるものであり、この点において、両者に実質的な構成上の差異は認められない。
また、仮に、差異があるとしても、甲第1号証開示のろ過方法にあっては、先のとおり、終始一定速度でのろ過(「定常状態」)を行なうことでろ滓(沈殿物)を均一に積層しようとするものであるから、ろ材を構成する線状物の強度が使用の際変形するようなものであればそのような「定常状態」でのろ過を望むべくもないので、そこで用いる線状物については、当業者であれば、当然、「使用の際変形しない強度を有する」ものとする程度の事柄に過ぎない。
よって、この点に格別の技術的創意工夫がなされたものとすることはできない。
[相違点(2)について]
甲第1号証開示のろ過方法にあっては、ろ過は、第3図乃至第4図に示された分散系を導入するためのタンクを備えた濾過装置を用いて行なわれており、その実施例において「分散系を上記と同じろ過装置(第3図)を用い且つろ過装置の流出管の途中に備えられたモール氏コックを調整して流出速度を毎分約1.0mlとしたところ微かに濁った淡黄色ろ液が定常状態で得られ全量がろ過された」「(第3頁左上欄第20行~同右上欄第7行)と記載されているように、ろ過手段として、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行うことの積極的記載はないものの、逆に、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれるようなろ過方法が記載されているものでもない。
そして、甲第1号証開示のろ過方法にあっては、終始一定速度でのろ過(「定常状態」)を行なうことでろ滓(沈殿物)を均一に積層しようとするものであるから、ろ過する際に、積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれるようであれば、そのようなろ滓(流殿物)を均一に積層することを前提としたろ過を望むべくもないので、積層する固体の表面付近でのろ過の流れに、ろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にすることは、甲第1号証の記載内容から当業者が容易になし得ることであるし、また、さらに、甲第1号証におけるろ材とその構成が同じ或いは類似した立体的不規則的網状構造を有するろ材を用いた上記甲第3号証開示のろ過方法をみると、そこでは、分散系を予めろ過装置に充填したうえで、下部に位置するモール氏コックを適宜開度調整してろ過を行なっているものであり、これは、即ち、甲第3号証には、「積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」というろ過手段に相当すろものが既に開示されているものであるから、これを参酌すれば、甲第1号証のろ過方法にあって、「積層する固体の表面付近にろ過に伴って生ずる流れ以外の流れが含まれない様にして行う」ことは当業者が容易に想到し得ることであって、この点に格別の技術的創意工夫がなされたものとすることはできない。
なお、被請求人・中村昭郎は、本件「第2発明」については、別件の無効審判1「平成4年審判第8580号」の審決(以下、「旧審決」という)が既に確定しているところであり、そこでは、上記甲第1号証を証拠の一つとして本件「第2発明」は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではない旨の判断が示されているものであるから、本件無効審判請求においては、特許法第167条の規定(審決の效力)により、同じ甲第1号証を用いた無効審判請求をすることはできないものである旨主張する。
そこで、この点について言及すろこ、「旧審決」においては、文献A(「実公昭52-7744号公報」)記載の「ろ材」及びそれを用いた「ろ過方法」と上記甲第1号証記載の「ろ材」を引用し、前者の「ろ過方法」において、そこで用いられている「ろ材」を、甲第1号証記載の「ろ材」に代えることは当業者といえども容易に想到し得るものではない旨の判断が示されたものである。
これに対し、本件無効審判請求においては、上記甲第1号証記載の「ろ材」及びそれを用いた「ろ過方法」を引用し、この記載内容から、或いは、これに甲第2号証(「特開昭52-41968号公報」)記載のろ過手段を参酌することで、本件「第2発明」は当業者が容易に想到し得ると判断するものであって、「旧審決」と本件無効審判請求にあっては、共通する甲第1号証における引用部分が実質的に異なるものであるし、また、それと組み合わせて用いる証拠についてみても、別異のものでありその記載内容も実質的に異なったものであるから、両者は、特許法第167条に規定する「同一の事実及び同一の証拠」に該当せず、「旧審決」の効力は本件無効審判請求を妨げるものでない。
よって、被請求人のこの点に関する主張は採用することができない。
Ⅳ、むすび
以上のとおりであるから、本件特許第1391715号の特許請求の範囲第2項に記載された発明についての特許は、他の無効審判請求理由及び証拠を検討するまでもなく、特許法第123条第1項第2号の規定によりこれを無効にすべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
平成9年6月13日
審判長 特許庁審判官
特許庁審判官
特許庁審判官
別紙2
<省略>